エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

内在的論理とストーリーテリング

近くの書店で夏休みの準備に厚めの本を数冊買ってきた。ついでにモカ・バニー・マタルも仕入れる。


佐藤優の「人間の叡智」を読む。

人間の叡智 (文春新書 869)

人間の叡智 (文春新書 869)

一時期、佐藤優も書くことに繰り返しが多くなってきたと感じることがあったが、震災のせいか、政界が不安定なせいか、最近はまたいっときの熱が文章に感じられてうれしい。

とはいえ佐藤優といえば、相変わらず内在的論理である。
「神、愛、家族、民族、国家などもっとも重要な事柄については、なぜそれが必要かという理由を究極的に説明することはできないのである。神、愛、家族、民族、国家などについて、人間が思いつきを語るのではなく、神、愛、家族、民族、国家などがわれわれに対して何を語っているかについて虚心坦懐に耳を傾け、その内在的論理をつかまなくてはならない。この内在的論理から、生き残りのために必要な叡智が生まれてくる」

「誰かが誰かを愛しているのは個別の関係で、それを通分できる。通約できるような『愛情』というものがどこかにあるわけではない。ただ便宜的に愛とか信頼とかいっているだけだ。そのように個別的なものの因果関係をみていくという形で近代の科学的な関係は発展してきました。『実念論』から『唯名論』へ移行するのが西洋近代の主流で、それをアジアもアフリカも受け入れていくわけです。そういう社会では文字で具体的に書いた約束事に拘束されますから、法律が重要になります」

理系の人間にとって、ナショナリズムや民族というのは感覚的にはあってもなくてもいいもの、二次的なものという受け取り方をすることが多いと思われるかもしれない。しかし当たり前のことだが、最初から理系人間として生まれてくるものがいるわけではない。それぞれのコミュニティで育つ家庭でいろいろな刷り込みをされて、さまざまな思想を持つようになるのが普通のことで、ただ多くの場合、それを自分の中で磨こうという努力をしないし(研究については自分で考えようとするのに、社会思想は誰かのいっていることをそのまま受け入れる、という程度の意味)、読む論文の論理は追えても、他者の内在的論理を把握する必要性など考えることは少ない。でも、生き残りのために必要な叡智はそこからはでてきませんよ、という話になる。


「先回りして結論をいうと、結局、人間はナショナリズムとか、啓蒙の思想、人権の思想、そういうもので動くのだと思うのです。ソ連崩壊のプロセスを見ていてもそう痛感しました。
ただし、それらの思想は全部まやかしなのです。まやかしだとわかっている人たちが、承知の上でそれらを使っていかにイメージ操作をしていくかというのが課題です。そうでなければ、これだけ大衆化が進んだ社会で、しかも資本の論理がどんどん中間共同体を壊していくなかで、国民を束ねて統治することは難しい。ときには『パンとサーカス』もつかい、ときにはファシズム的要素も必要になる。あるいはポピュリズムとの綱渡り的曲芸も必要になる。
言いかえれば、物語を作ること、ストーリーテリングの能力が必要なのです」

「そこでまず回復しないといけないのは、人間の隣には人間がいるという、同胞意識です。日本に生まれてきている人に、一人も無意味な人はいない。そういう相互関連の中で生きているという皮膚感覚をもてるかどうかが大切で、現在の閉塞状況を一人ひとりが生き延びるためには、自分のネットワークをつくることが重要です」