エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

ファインマンさんの流儀

1年は早いもので、先週の金曜日がラボの送別会だった。昨年は会の直前に大地震があり、キャンセルせざるを得なかったので、ともかくも今年は無事にできただけありがたい。


ローレンス・クラウスの「ファインマンさんの流儀」を読む。

ファインマンさんの流儀―すべてを自分で創り出した天才の物理学人生

ファインマンさんの流儀―すべてを自分で創り出した天才の物理学人生

一級の物理学者による名著。ファインマンに関する本は山ほどあり、彼の人生やスタイルは物理に興味を持つものにとってはおなじみだろう。また、彼の経路積分についても、本人の名著もあり、よく知られている。この本の優れているところは、物理学者としてのファインマンの人生を物理学の文脈でたどって、物理学全体の中に位置づけていることにある。20世紀後半以降の物理学の多くの分野が、ファインマンの構想の上に展開したのかは本当に驚くほどだ。ファインマンの物理観が優れていることは彼の教科書を少しでもかじったものには明白だ。だが、経路積分の用途は主に繰り込みだろうと勘違いしているような私のレベルの物理愛好家にとっては、この本に展開されているファインマンの物理の真の魅力は驚きだった。


「この最初の論文では、理論上の動機や、数学的な動機を語るのは最低限にとどめたが、それは『導出の過程を見れば感じてもらえるはずの、『これは真実だ』という確信』を与えるのは難しいだろうと気づいたからだった。それでもファインマンは、彼の手法が大きな強みを持っていることを読者達にはっきりと伝えた。そして、非相対論的なシュレーディンガーの理論に対立する相対論的理論としてディラック理論を扱うという場面を使って、自分の時空アプローチを伝統的なハミルトニアン方式を比較した際、『さらにもうひとつの点として、相対論的不変性は自明である。ハミルトニアン形式の方程式は、現在という瞬間から未来を展開する。しかし、相対的な運動をしている異なる観察者達にとっては、現在という瞬間は異なり、時空の異なる三次元切片に対応する。…相対論と量子力学の結婚は、ハミルトニアン方式を放棄することによって、最も自然に達成されうる』とファインマンは記した」

ラグランジアンは、ハミルトニアン形式にいくまでの中間的な表現法だという感じで教えられることが多いと思うが(正確には20数年前はそうだった)、これを見るとラグランジアン最小作用の原理の威力を感じる。


ファインマンの主張は注目に値する。『一般相対論性理論の基盤をなしているように見える、幾何学と、時間と空間に関する魅力的な概念をすべて忘れなさい。質量ゼロの粒子の交換を考えた時(光子が、電磁力を媒介する質量ゼロの粒子であるのとまったく同じように)、この質量ゼロの粒子の量子化されたスピンが(光子のように)1ではなく2だったとすると、その結果古典論的極限で導き出される自己矛盾のない唯一の理論は、本質的にアインシュタイン一般相対性理論と同じものである』というのだ。
これはまことに素晴らしい主張だ。というのも、一般相対性理論は、自然界のほかの力を記述している理論とそれほど変わらないと示唆しているのだから。重力も、ほかの力と全く同じように、素粒子の交換によって記述できるというのだ。一般相対性理論の特徴とされているあれこれの幾何学的な性質は全て、この事実から無料で出てくる。実のところ、彼が実際にこれを主張したときの文章には、『自己矛盾のない』という言葉の意味からくる、微妙なところがあるが、それは本当にただ微妙なことでしかない。そして、先ほども触れたが、ワインバーグは、質量ゼロでスピン2の粒子の相互作用にはどのような性質があるかということと、そして、特殊相対性理論に現れる空間と時間の特殊性を論じることだけによって、この主張をもっと普遍的なかたちで証明することに成功したのだった」

私の読みが浅いせいだろうが、重力子の本を読んでも、ここまで過激な(ある意味真っ当な)ことは書かれていない。一般相対論性理論というアインシュタインの重力の定式化は唯一の道ではないというのはもっと知られて良いことだと思う。


「―というのも、ファインマンは、既存の法則を再定式化するだけではなく、新しい法則を発見したいという強い願望を持っており、QEDへの自分のアプローチは、単なる既知の法則の再定式化に過ぎなかったのではないかと恐れていたのを、ゲルマンはよく知っていたからだ―ひょっとするとファインマン経路積分による量子力学の定式化は、ほかの形式による量子力学の定式化と等価であるばかりでなく、真に根本的な唯一の定式化かもしれない。ゲルマンはこのように書いている。『したがって、ファインマンの博士論文は、単に物理理論の形式を発展させただけではなく、物理理論そのものを真に根本的なレベルで進歩させたのかもしれないという認識が少しずつ持たれ始めているということを知ったら、彼は喜んだかもしれない。経路積分による量子力学の定式化は、標準的な定式化よりも、より根本的なのかもしれない。というのも、標準的な定式化ではうまくいかないようだが、経路積分方式だと上手く適用できそうな、あるひとつの重要な領域があるからだ。その領域とは量子宇宙論である…。リチャードのために、(そしてディラックのために)わたしは、経路積分手法が量子力学の、したがって物理理論の、真の基盤だったということがいつの日か明らかになってほしいと思う」