エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

デスティニー・ベクトル

最先端プロジェクトの採択課題のリストをみながら、ふーむなるほどとか思っていたら、いきなり物理学科の同級生の名前が出てきて驚いた。


生協書籍部でぶらぶらしていたら、日経サイエンスの10月号の表紙に「存在確率マイナス1」と書いてあり、「おっ」と思って中身を見たら、量子力学観測問題についての新しい理論「弱い測定」の記事だったので即購入。

提唱者のアハラノフ教授のインタビューが格別に面白かった。

「<弱い測定>というのは全く新たな概念だ。これまで長らく、「測定できない量子状態には、物理的なリアリティはない」と考えられてきた。そうではない。始状態と終状態を選べば間の量子状態は測定でき、その量子的な実在についても議論できる」
「観測した時に壊れる程度は、得られる情報の大きさによって決まるからだ。数学的に言えば、観測による壊れの程度は、観測によって得られる情報量の2乗に比例する。情報量を小さくしていくと、壊れ度は急速にゼロに近づく。得られる情報量を極限まで減らせば重ねあわせを壊さずに観測する事が可能になる。1回の測定で得られる情報は非常に少ないが、測定を何度も繰り返す事によって、量子状態を見ることが可能になる」
こういう話を聞くと、量子力学も100年を迎え、とうとう新しいフェーズに入るか、という気がする。「量子のことは誰にもわからない」とファインマンは言ったが、とうとう量子状態を直接観測できる時代が来たのだと思うとわくわくする。

そして、その理論の射程は極めて長大で、宇宙の初めと終わりや時間の新たな概念にも及ぶ。

「まったく同じもので構成された物理系が、異なる状態に行き着くのはどうしてか。私はその理由を探し、異なる状態に発展する物理系には初めから違いが存在しているが、その違いから後からその物理系を観測することによってしか見えないのだと考えるに至った。自然のこうした特性を式で示すには、量子的な状態を表す波動関数が2つ必要になる。1つは過去から現在までを示す波動関数。そしてもうひとつは未来から現在までを遡って記述する波動関数だ。私は量子的な状態を、この2つの波動関数を使って書き直した」

「宇宙の現在の状態は、過去から現在までを語るヒストリー・ベクトルと、宇宙が未来に向かってどう変わっていくかを語るデスティニー・ベクトルの両方によって記述される。
この考えは物理学にとどまらず、進化論などあらゆる分野に波及し、その理解に大きな変化をもたらすだろう。時間こそ、自然と、物理と、生命を理解する上で最大のミステリーだ。私たちは時間というものについて、新たな見方を求めるべき時期に来ている」

さて、これはエントロピーパラドックスを解消するのだろうか?理論の形式が要請するように、エントロピーは現在から未来に向かっても過去に向かっても増大する。それはただ順序だけが決まった(A系列)時系列からえいやっと現在を選び出す概念操作に由来するという意味で仮想的なものに思えるが、この新しい理論は時間における現在の意味を正確に記述できるのだろうか?