エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

ブラックホール戦争

上の階のN教授の最終講義が行われ、200名は入るホールがほぼいっぱいになった。1時間半の予定が2時間を大きく超えるダイハードですばらしく高度な講義となり、おなかいっぱいになった。


レオナルド・サスキンドの「ブラックホール戦争」を読む。

ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い

ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い


1983年、スティーヴン・ホーキングは「情報はブラックホールの蒸発によって失われるはずだ」と論じた。これに対し、レオナルド・サスキンドとゲラルド・トホーフトは「情報の保存は物理学の土台にあるものなので、情報が失われることを認めてしまえば、現代物理学の成果がなぎ倒される恐れがある」として、それに真っ向から対決した。この本で、サスキンドは実に絶妙なたとえを駆使して、20年にわたる長い道のりを経て、ホログラフィック原理という実に反直観的なアイデアとそれにつづく数学的な離れ業により、サスキンドとトホーフトが正しい(情報は失われない)ことが示された過程を語っている。原理と原理が衝突し、直観的な概念は捩れ、再配線される。

「「普段経験している3次元の世界、つまり銀河、星、惑星、家、巨石、そして人々で満たされた宇宙はホログラムである。すなわち宇宙は、遠く離れた2次元の面にコード化されたものから生じる画像なのだ」。この新しい物理学の法則をホログラフィック原理という。それは「空間の領域の内部にある一切のものは、その領域の境界面の情報だけで表せる」ということだ」


驚くことに、本来はプランク距離のレベルの話(ひも理論の対象のサイズ)であるにも関わらず、ある種の双対性に基づいて、プランク距離のレベルの話は10の20乗ほどのスケールでの話に翻訳され、どうやら検証可能な域に入ってきつつあるらしい。

「現在では、核流体の持つそのほかの性質も同じようにブラックホールの物理と関連があるのかどうかを見極めるために、綿密に研究されている。こうした研究が続くということは、素晴らしい機会をあたえられたということだ。つまりサイズが拡大して速さが低下することで量子重力を調べる可能性が開かれて、プランク距離が陽子よりはるかに小さなものではなくなるので、ホーキングとベケンスタインの理論や、ブラックホールの相補性や、ホログラフィック原理を検証する機会だということだ」


量子重力の解明はついに万物理論への道を開くと論じられることが多いが、サスキンドは最後に、わかっていることはまだまだごく一部で、私たちはとんでもなく見当違いな描像を持ってまだ混乱している初心者であると語る。

「(特殊相対性理論における)同時性や(量子力学における)決定論のような概念の破綻に関心を持つのは少数の物理学者たちで、私たちのほとんどはそれを何だか変なことだなとしか思っていない。しかし、実際にはその反対が真実なのだ。つまり、人間の動作がまどろっこしいほど遅く、人体にある10の28乗個の原子の質量がずっしりと重いことの方が自然においては奇妙な例外なのだ。人体という宇宙にはおよそ10の80乗個の素粒子がある。そんほとんどは光速に近い速さで運動している。しかも素粒子には不確定性があって、位置がわかれば速さがわからなくなる」