エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

新ネットワーク思考

アルバート=ラズロ・バラバシの「新ネットワーク思考」を読む。評価は4つ星。

新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く

新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く

この本は特に前半が刺激に満ちていて面白い。

スモールワールドやスケールフリーといったネットワーク理論についての知識は、流行りなのであちこちから断片的に入ってくるが、この本では、スケールフリーネットワークの発見者であるバラバシが、ポール・エルデシュが創造したランダムネットワーク理論からダンカン・ワッツによるクラスタリングを経て、スケールフリーネットワークにたどり着くまでの経緯をうまいエピソードでつないで、しかも個々の概念の変化をイメージ豊かに語ってくれる。しかも、その間にベキ法則とスケールフリーという概念がすっきり飲み込める仕掛けだ。しかも、その目配りはきわめて広い。

「確率に支配されている系には、ベキ法則はまず現れない。物理学では、ベキ法則が現れるのはたいてい、無秩序から秩序への相転移が起こっている場合であることが知られている。したがって、われわれがワールド・ワイド・ウェブに見出したベキ法則は、現実のネットワークはランダムにはほど遠いことを、きちんとした数学の言葉で初めて表現するものだった。(中略)
ベキ法則は、カオス、フラクタル相転移など、二十世紀後半に成し遂げられた概念上の大躍進の中核にある法則なのである。ネットワークにもベキ法則が見出されたということは、ネットワークと他の自然現象の間に予期せぬつながりが存在する徴にほかならない」
「自然は普通、ベキ法則を嫌うものである。通常の系では、どんな量も釣鐘型の分布をとり、指数法則にしたがって急速に減衰する。ところが、系が相転移をしなければならない事態に追い込まれると、状況は一転してベキ法則が現れる。ベキ法則は、カオスが去って秩序が到来することを告げる明らかな徴なのだ」
「前章の最後で、われわれは大きな疑問につきあたった。それは「ベキ法則が見られるということは、現実のネットワークは無秩序から秩序への転移を絶えず経験していることなのか?」というものだった。われわれが得た答えは簡単である。ネットワークは、ランダムな状態から秩序ある状態に変化しつつあるわけではないし、カオスの縁にあるわけでもない、ベキ法則、すなわちスケールフリー・トポロジーが意味しているのは、ネットワーク形成の各段階で何らかの組織原理が働いているということだ。実際、”成長”と”優先的選択”という組織原理だけで、自然界に見られるネットワークの性質は基本的に説明できてしまうのである」

本書の後半では、生物学や経済といった各論でのスケールフリー・ネットワークによる洗い直しがされている。
例えば細胞の話。
「細胞内の複雑なネットワークは「小さな世界」になるのだろうか?(中略)驚いた事に、われわれの測定結果からは、典型的な経路の長さは百よりもずっと短いことが示された。細胞は、なんと「三次の隔たり」をもつ「小さな世界」だったのだ。これはつまり、どの二つの分子も、たいていは三つの反応でリンクされているということだ」
「細胞がスケールフリー・トポロジーをもつに至ったのは、複製のさいに細胞が犯したミス(遺伝子重複)のせいだということになる。(中略)遺伝子重複は、蛋白質を付け加える事によって蛋白質ネットワークを成長させる。そしてリンクの多い蛋白質ほど速やかに新たなリンクを獲得し、その結果として優先的選択が生じる」