エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

20年後のワトソン

昨日の9時からのNHKのニュース番組で、DNA二重らせんの発見者の一人ジェームズ・ワトソンの来日が報道され、立花隆によるインタビューが流された。

生物学のhubに存在する大立者の話なので、興味深く聞いた。
・近い将来に全ての人が自分のゲノムを知る時代が来るだろう。費用は10万円くらい。
(最近のシークエンサーの革新でこれはほぼ確実)
・がんは50年以内に対処可能な病気になるだろう。とくに癌ワクチンには注目している。
・この10年以内に、生物学の分野で真に驚くべき発見がなされるだろう。

「真に驚くべき発見」とは何になるだろう。生命の起源か。意識の起源か(これはたぶん10年では無理)。個体発生におけるマスタープランの発見か。がんの発生の正体か。

私が生物学にかかわってから20年を少し過ぎたところだが、私にとってのこの20年間での「真に驚くべき発見」とはcancer stem cellの概念だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8C%E3%82%93%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E

もちろんcancer stem cellはがん一般について立証された事実ではなく、仮説だ。ただあまりに大きな影響力をもち、癌のついて考える時に考慮に入れざるをえないために、癌生物学の教科書にも書いてある仮説だ。

私は20年前にたまたま癌の分野から生物学に入り込むことになったが、その時に習った知識からすると真に驚くべき仮説だと思う。私は癌業界のインサイダーではないので、オープンな情報にしかアクセスできないが、cancer stem cellの発見で癌の克服はぐっと現実味をおびたのではないか。臨床系の癌研究者が10年前とくらべるとずっと張り切っているような気がする。

ところで、1990年頃、まだコールドスプリングハーバー研究所の所長をしていたジェームズ・ワトソンに、シンポジウムの野外パーティーの会場で話しかけて一緒に写真を撮ってもらったことがある。あのころ60台だったワトソンは、今回の来日時では80歳になったそうで見かけは本当に老人になったが、実に前向きである。

昨年、ワトソンは自分の全ゲノムを公開し、「世界で始めて全ゲノムを公開した人間」になった。NHKのインタビューで、ワトソンは「自分の子どもは統合失調症だ。私は統合失調症を憎んでいる。統合失調症を克服するために自分が何か貢献できないかと考えて、自分のゲノムを公開した」といっていた。毀誉褒貶はあるが、桁の違う人間なのは間違いないだろう。