エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

現代科学論の名著

クーンの「科学革命の構造」は流行に流されて読んだことはあるが、基本的には科学哲学は科学者になれなかった人がやるものと単純に思い込んでおり、いわゆる科学論を読んでこなかった。だが最近少し気が変わった。少し前に読んだファイヤアーベントの「方法への挑戦」が意外に面白かったこと、意識の科学を考えるときに認識論を踏まえておく必要があると(エーデルマンの本を読んで)感じたが、関連分野として科学哲学を読んでおいた方が理解が立体的になると感じたことが理由である。

で、中公新書の「現代科学論の名著」

現代科学論の名著 (中公新書)

現代科学論の名著 (中公新書)

取り上げられているのは、12人。ホワイトヘッドバシュラールシュレーディンガーマンハイムウィトゲンシュタインポパー、ハンソン、クーン、ファイヤアーベント、サックレー、大森荘蔵、広重徹。

基本的な流れは、従来からの哲学者の伝統を受け継ぐ合理主義的科学哲学者ポパーラカトシュ、ローダンがいて、それに対抗し「科学の営為は合理的な仕方で進展するものではない」とするクーンやファイヤアーベントがいる、という構図になるらしい。

やはり一番惹かれたのはファイヤアーベント。
「科学は本質的にアナーキスト的な営為である。すなわち理論的アナーキズムは、これに代わる法と秩序による諸方策よりも人間主義的であり、またいっそう確実に進歩を助長する」
「進歩を妨げない唯一の原理は、anything goesである」
coolである。村上陽一郎が解説しているが、最後の参考文献が笑えた。
「この方向で読み進むべき書物はむしろない。というのも、ファイヤアーベントのそれが最も徹底しているからである。したがって、これを土台にすれば、別の領域へと進む他はない」しょうがないので、ファイヤアーベントの自伝を読むことにしよう。そうとうとんでもないおっさんだったらしい。

ウィトゲンシュタインの名文句「人は、語り得ぬものについては、沈黙しなければいけない」を、ウィトゲンシュタインは普通に受け取られているのとは違う文脈で語ったらしいというのは面白かった。
「では哲学の役割は何か。哲学は、知識に対して交通整理を施して、科学には、そこに託すべき命題を託し、論理に対しては、その正当な役割を割り振る、という形で、うまく整理をつけた暁には、もはやなすべき役割は残っていない、というころになる」

ウィトゲンシュタイン伝説では、彼は「論理哲学論考」でこう見切ってしまい、哲学にはもう基本的にすることはないとして園芸や設計の仕事に一度は転じた、ということになっている。まあ後で戻ってきたのだから、ランボーの颯爽にはかなわないけど、なかなか格好いい。

大森荘蔵論は魅力的でとても要約できそうにないので、紹介された「物と心」を早速読むことにした、ということだけ書いておく。