エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

村上春樹の3冊

よく晴れた一日で風も穏やか。今夜も大きな月が楽しめそう。

 

個人的には2017年の小説No. 1は村上春樹の「騎士団長殺し」だった。こういう内容の作品なのに読んでいる間に整った気持ちになるというのはずいぶん珍しい。いい絵と同じだと思うが、読んでいると気持ちが落ち着いてくるので5回は読み返したと思う。もう少し読み返してみないとわからないかなという気がしている。

 

大学3年生の時に、生協書籍部の文学コーナーに「羊をめぐる冒険」の表紙が見える形で並べてあったのを手に取って以来なので村上春樹愛好者になってから随分長い。個人的なベスト3は「ダンス・ダンス・ダンス」「遠い太鼓」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」(順不同)だったが、2017年から「ダンス・ダンス・ダンス」「遠い太鼓」「騎士団長殺し」に変わった。

 

ダンス・ダンス・ダンス」は作者自身が「もう少し作品のねじを締めることができたのに、事情があって締め足りない状態で出版してしまったのが、かえってそれがある種の魅力になっているという読者がいる」と書いている。私の場合はまさにそうだ。ピニャコラーダ、五反田君が出るCM、アメとユキという具合にカラフルな小ネタがカラフルなリズムで並んで来る。この尽きない楽しい感じは恩田陸のいくつかの作品に似ているような気がする。小説としての格みたいなものは最近の大作には及ばないのだろうが、この楽しさは少し違う。

 

「遠い太鼓」は、村上春樹が「ノルウェイの森」を書いて2年くらいヨーロッパを転々としていた間の旅行記(みたいなもの)だ。はじめて外国で長く暮らす日本人には共有されるであろう「心もとなさ」「解放感」「憂鬱なもろもろ」などがクリスプな文章で記録されている。

この10年くらいは、海外の学会に出かけるときにこの本をバッグに入れる習慣になっている。私の場合、時差ボケもあって学会は3日くらいすると心身ともにへとへとになるが、そういう気分の時にこの旅行記/エッセイはぴったりはまる。学会場にはたいていabstract bookを読んだりするスペース(単なる広い階段のこともある)があるので、そこに座って10ページくらい読んでみる。点滴をうってもらった感じで、体と頭の奥の方でしゃきっとするのを感じる。村上春樹の旅行記はいくつもあるが、こういう用途に使えるのは「遠い太鼓」だけだ。屈託の具合だと思う。

 

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)