エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

熱力学の第二法則を量子力学から導出する―物理的な時間概念の明確化へ―意識の中で流れる時間

秋空の美しさはあの雲の形によるのだと思う。


量子力学から熱力学第二法則を導出することに成功〜時間の矢の起源解明へ大きな一歩」
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a1e326855ceb0a640f75c08d2c0fb423

東大大学院工学研究科の沙川先生の研究室がPhysical Review Lettersに発表した論文の紹介がされている。


熱力学は現象論的理論であり、通常は公理の集まりから出発して体系を構成することをしない
(公理論的に構成できることもできる。私が知る限りでは田崎晴明先生の仕事)
熱力学の第二法則は、乱暴な言い方をすると「時間が不可逆に一方向に流れる」ことを要求する。

この熱力学は通常はやり方では統計力学の基盤の上に構成される。その際にいくつかの公理的仮定が置かれる。代表的なものが等重率の仮定。これを公理とすることで対象を正準分布するものとして扱えて、熱力学と同じ結論が自然に得られる。また、ここまでを完全に古典力学の範囲内で導出できる。


一方で、周知のように古典力学は時間に対して対称性を持つ。古典力学統計力学→熱力学という導出の順番をまじめに考えると、熱力学の第二法則が時間に対して対称性を持つことになる(と私は考えている)。その場合、エントロピーは現在から未来に向かって増え続けるが、同時に、現在から過去に向かった場合も増え続けるという状況を想像しなければいけなくなる。専門家の知人の話では、こういう方向に考えを進めた場合について一定の解決策は提案されているらしいが、ざっと説明してもらっても専門的過ぎてわからなかった。


どうやらこの沙川先生たちの論文によれば、熱力学の第二法則は量子力学(量子多体系の理論は触れたことがないので論文を見てもどの程度難しいのか具体的にはわからない)から証明できる。量子力学には時間的対称性が課されていないので(私はこう考えていますが、間違っていたら訂正してください)、上記のように考えなくてすむルートが見つかったということのようだ。


さて、実は私が考えたいのは神経科学認知科学、または哲学における時間の認識を、この仕事がどう変えるだろうかということだ。


「意識」の中で時間が流れる(したがって基本的にヒトだけが過去と現在と未来を持つ)ことは。現在の認知神経科学のかなりのメンバーの間で共有されているだろう。逆のいい方も可能である。時間が流れる形をとる認知が意識である(動物は計画できない)。
付け加えると、意識が進化の過程で発生したある種の仮想であるのか、それとも(概念的)実体なのかについては論争が行われている。

これまで、現実世界を記述する物理学が一方向的に流れる時間について十分にその構成の過程を説明できず、多くの場合、天下り式のパラメータとして扱っていたため(相対性理論の位置づけは難しいので、それはこの議論からは外します)、事実上、認知神経科学は時間に関して割と好きなことがやれていたわけだ。今回のような熱力学の第二法則を量子力学から導出するという取り組み(あるいはそれに道筋をつけた田崎先生のアイデア)が具体的な姿を取ってくるにつれて、人間の意識とは別のところで、物理的な時間概念が構成されることになる。それを受け止める形で、認知神経科学において、意識の中で流れる時間とは何だろうという議論が、これまでよりも強いリアリティをもって行われるのではないかと期待する。


一般的には、哲学の立場からも多くの語るべきことがあるのだろう(興味はあるが私にはわからない)