エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

回路網の中の精神

昨日は娘の代わりに湯島神社に絵馬を掛けに行った。帰りにシネスイッチ銀座にまわって「シチリアシチリア」を見た。


マンフレート・シュピッツアーの「回路網の中の精神」を読む。

脳 回路網のなかの精神―ニューラルネットが描く地図

脳 回路網のなかの精神―ニューラルネットが描く地図


1999年の本なので最前線とは距離があるのだろうが、私のような分子屋にはちょうどよかった。名著といってよいだろう。


「私たちの脳は、従来型コンピューターのようにではなく、むしろ先に示したおもちゃのネットワークのように機能するという考えは、精神プロセスを理解する上でまったく新しい光を投じるだろう。それは、規則的に記号を操作するのではなく、規則ではとにか記述することが難しい「記号以前」のプロセスであり、このプロセスの経過中には、内的表象が不断に変化するのである。『規則は頭の中には存在しない』。規則は、ある特定の精神活動を後から記述するために使用されるにすぎないのである」

これは単純化すると「言語(またはシンボル)を使わずに思考することができるか」という問題であり、その答えはyesである。実際に、たとえば自閉症者の研究により言語なしの思考の存在は示されているし、そこまで具体的に考えなくとも、禅的思考はその全てが「分節せずに世界を見る」という表現でほぼ尽くせる。


「ゆっくりした学習を支持する理由について先に詳しく述べたけれども、速い学習を支持する論拠はほとんど述べるまでもないだろう。ここにはひとつの矛盾が生じているようにみえる。速い学習は多くの場合、有利に働く。他方でゆっくりと学習が行われなければならない理由は、第一には個別例からの抽象化がそうすることでのみ可能であるからであり、第二に最適な解へ接近し、ゴールを飛び越えないことがそうすることでのみ可能であり、第三には、そうすることでのみ、前に学習されたことが繰り返しすべて忘れ去られるなどということがなくなるからである」

速い学習から遅い学習への切り替えも含めて、まとめて階層ベイズで記述できそうな気もするが。そうすると、は時間はパラメータに過ぎないということを意味するはずであろう。


「したがって、極めて一般的に言えば、ある一定の環境のもとで成長した有機体の相互作用とは、基本的全体のパラメーターの真の値を見積もるために個別の値を記録する(個別の体験をする)という統計的手続きであると理解することができる。−システムは、非常にゆっくりと学習する場合にのみ正確に(そしてそれゆえうまく)機能することができる」

この記述は1999年では正しいが、この10年の統計学の進歩を考えると(I先生の言うところの)今でも正しいかどうか。


「大脳皮質の再編成につてのこのミニマルモデルは、驚くほど多種多様なデータについて、なかでも特定の主観的感覚の出現について、非常に単純なしかたで説明を与えているということである。このモデルはひとつの重要な原理―ノイズは神経可塑性を促進する―を明らかにしているだけでなく、computer simulationは主観的な自称の説明には役にたたないという主張に対する反証になっている。そこに存在していないものについての感覚以上に主観的なものがあるだろうか?」 

ただ、これはノイズが神経可塑性の本質であることを意味しない。


「学習すべき複雑なことがらは、脳の発達を通じて次のような意味でフィルターを通される。初めは単純だが基礎的な内容だけがともかく学習できるように、これに対して後には、複雑な構造も処理され学習されるように、学習すべきことがらがフィルターに通されるのである。したがって自ら成長する脳に教師は不要である。自ら成長する脳は、たった今「使う」ことができる学習経験だけを―教えられることなしに―「とりこむ」のである」

「意味ネットワークとニューラルネットワークとを混同してはいけない。このふたつは別のものであり、それぞれ別の歴史を持ち別々のシステム特性をもっているのである。しかしながら、このふたつが全く関係がないかといえば、必ずしもそうでもない。ニューラルネットワークと意味ネットワークには共通するところが多い。それは、ふたつの全く異なるネットワークであるというよりは、コンピューター構築というひとつの豊かな準連続的空間の中のふたつの点とみなされるべきである」

semantixとsyntaxの区別のことか。それは自明なので、もっと深い意味があるのか。シンフィエとシニフィアンのつながりはaribitraryなのでつながっているとすれば、進化的な理由があってのことと見るべきだろう。つまり、言語の発生についての議論になるのか?

勉強になった。たいていの精神疾患のcomputer simulationはすでに存在するらしいので調べてみよう。