エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

バラバシ教授の講演

今週の木曜日に奈良でトークをするので、週末は原稿を家に持って帰って手を入れたりしていた。一度済んだ仕事なので、新鮮な視点で見直すことができたせいか、その次の仕事についてひとつアイデアが浮かんだ。見直しても、とりあえず筋は通っていそうである。これで何とか来年度の新人さん用のテーマが形になりそうだ。思わぬ収穫があり、いい週末だった。散歩で気分転換もできたし。

今日は、スケールフリーネットワークの仕事で有名なバラバシ教授の講演があったので、聴きに行った。
http://d.hatena.ne.jp/tnakamr/20081026/1224995715
仕事の一環というよりも、まあ趣味である。
1時間の講演のうち、「新ネットワーク思考」の部分が40分、それ以降の「カーブの形が冪乗から指数関数に切り替わる」タイプのネットワークの話が20分という具合だった。

頭の中でスイッチが切り替わったのは、ある質問が出たときのこと。「ランダムネットワークが最初にあって、それからスケールフリーネットワークを作るのは可能か」という質問だ。バラバシ教授は、そういうダイナミクスを含む話は結構や手ごわくて、それはまだ誰もきちんとやっていないので...という感じだった。

そこで、その質問者は「脳はもともとは過剰につながったランダムネットワークとして発生して、機能するためにrefineされていってスケールフリーネットワークになるとされていると思いますが、いかがでしょう」と追っかけていった。返答はやはりあまり歯切れがよくなくて、「実は先週も神経科学をやっている**さんと話したのだけれど、脳は確かに疎視的に見るとスケールフリーネットワークらしいが、微視的にはその点ははっきりしない」みたいな感じだった。

その質疑はそこまでだったが、いい問題だと思った。私の専門は神経発生学に重なっているので、いきなり仕事関連の話になった感がある。少なくともパズルとしては面白いので、頭のどこかに置いておくことにしよう。

[追記]
後で気づいたのだが、バラバシの「新ネットワーク思考」には、「物理学では、ベキ法則が現れるのはたいてい、無秩序から秩序への相転移が起こっている場合である」こと、そのことから、「ベキ法則が見られるということは、現実のネットワークは無秩序から秩序への転移を絶えず経験していることなのか?」という疑問が提示されること、その答えは、「ネットワークは、ランダムな状態から秩序ある状態に変化しつつあるわけではないし、カオスの縁にあるわけでもない。ベキ法則、すなわちスケールフリー・トポロジーが意味しているのは、ネットワーク形成の各段階で何らかの組織原理が働いているということだ。実際、”成長”と”優先的選択”という組織原理だけで、自然界に見られるネットワークの性質は基本的に説明できてしまう」ことが書いてあった。

ということは、脳の発生過程で起きている(と思われる)ランダムネットワークからスケールフリーネットワークへの転移は、「新ネットワーク思考」執筆時点で、バラバシが考えていなかった実例なのかも知れない。もうひとつ考えられるのは、脳の発生過程が実は物理学では相転移として記述できるのかもしれないということである。