エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

脳は縮むと賢くなる

評議員会で東京にでかける。懇親会で顕微鏡メーカーのKさんと少し話になる。顕微鏡もハードだけでなくソフトもやらないと食っていけないですよね、という話を聞いて、本当にそうだと思う。「でもソフトは四隅をアメリカに抑えられているから、(半端に)頑張っても最終的にはアメリカに負けそうですよね」とコメントすると、「そうなんですよね(溜息)」という落ちになってしまう。落ちをつけている場合ではないのだけれども。


ジェフ・スティベルの「ブレークポイント」を読む。

ブレークポイント ウェブは過成長により内部崩壊する (EPUB選書)

ブレークポイント ウェブは過成長により内部崩壊する (EPUB選書)

「ウェブは過成長により内部崩壊する」というのがこの本の崩壊だ。「過成長による内部崩壊 or 縮小による成熟」というモチーフが繰り返し例示され、説得力がある。アリ、イースター島、インターネット(予測)、ヒトの脳。縮小による成熟 = (集団的)知性という言い方でもいいだろう。

「アリの集団もヒトの脳もインタ―ネットも、あらゆるネットワークは、成長して、ブレークポイントに達して、均衡に達するか崩壊する―最も大事なことは、ブレークポイントが実際にはどこにあり、その結果どこに影響が出るかを突き止めることである。目標は、ブレークポイントを特定し、オーバーシュートが引き起こす摩擦を減ずることである。
量の多さを質に置き換え、私たちを追加の量を必要とせずに賢くする。脳が成長を止め、量的均衡点に達すると、質的な成長が始まる。私たちは知性を得て、賢くなるのである。
ここは重要な生物学的ポイントで、何度も繰り返す価値がある。脳は縮むと賢くなるのである」
「本書は一貫して、どちらも複雑なネットワークであるという点において、インターネットを脳の類似物として扱ってきた。しかし、そこにはもっと根本的な類似がある。そのことがインターネットは単に脳のようなものだというだけでなく、脳そのものであるという証拠となるであろう」


「より良いコンピュータを組み立てるために脳をリバースエンジニアリングする試みから、私たちはニューロンに至り、ニューロンは論理的であると考えた。私たちはニューロンはかなり誤りを犯しやすいという記述は正確でないことを知っている。しかしながら、ミラーニューロンは何かが完全に異なっている。絶えず解釈し、推測し、予測しているため、そこに実質的な論理はない。私たちは常に言語をアイデアに、アイデアを加速にリンクしてきたが、本当に知能を私たちに与えてくれるのは予測能力なのである。言語に加えて、予測能力もミラーニューロンから来る。ミラーニューロンは私たちの思考と行動に脈絡をつけ、予測する能力を与えてくれる。私たちに知恵を与えてくれる最後の能力なのだ」

「残念なことに、科学者たちはニューロンの機能を単純にとらえすぎていて、単に発火したりしなかったりするありきたりのスイッチ装置として扱っている。もしそれが本当なら、ものすごく便利である。しかし、ニューロンは、正常に機能する時だけ論理的なのだ。ニューロンは予測可能というより、あてにならないのである。ニューロンの90%は間違って発火するということを思い出してほしい。人工知能はほぼ例外なくこの事実を無視している。人工知能を、非常に誤りを起こしやすいニューロンのみを見て作ることは不可能である。つまり、ほかのものに焦点を合わせるよりも、その分野はニューロンが予測可能なものであると想定しているのだ。
単一のニューロンのオン/オフ・スイッチに焦点を合わせてしまうと、ニューロンのネットワークに根本的に何が起こっているのかを見逃してしまう。ニューロンは不完全だが、そのネットワークは素晴らしい偉業をやってのける。単一のニューロンの不完全さがネットワーク全体の柔軟性と適応性をもたらす。知能は、不完全であろうとなかろうと、たくさんのスイッチを作ることでは複製されない。その代わりに私たちはネットワークに焦点を当てなければならない」


この問題は少し違う角度からとらえ直すことができるように思う。どうやらスパースコーディングというのがヒトの脳の処理能力の肝のようだが(スパースコーディングが進化的にはどこまでさかのぼれるのかというのも面白い問題だ)、なぜ肝かということは、スパースコーディングにより、神経のマイクロサーキット、カラム、領野の間の同期がとりやすくなるのだろうと考えるといろいろなことが腑に落ちると思う。