エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

「二分心」理論と精神分析

今週は山あり谷ありで、何とか無事に週末にたどりつけたという感じだ。

研究室では、年に二度、メンバー一人一人が教授と面談して、将来構想から人間関係の悩みまでひととおり話すというシステムがある。いい仕組みだと思う。それなりに相談したいことをまとめて行ったところ、教授からいきなりいろいろ提案があって、結構あわてた。軌道修正で頭をひねり始める。

cAMPでの神経突起伸展をやってもらっている学生さんが意外なデータを出してきて、こちらもシナリオの軌道修正をはじめる。

U記念財団からまとまった額の助成金をもらえることになった。さてこれをどう使うのがいいものか。自分の研究室を立ち上げるときのset upにうまくまわせないかと頭をひねっている。

というもろもろの間を縫って、自分の実験と新しい共同研究の下調べをやっていたので、かなりの自転車操業になった。週末はうまくリフレッシュしたい。

新書館の「大航海」という雑誌で、「脳・意識・文明」という特集をやっている。いきつけの書店の本棚をチェックしていてアンテナにひっかかった。パラパラ見ると、ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙」にinspireされた特集らしい。早速購入して、少しずつ読んでいる。

昨日は、岸田秀三浦雅士の対談「「二分心」理論と精神分析」を読んだ。

「神々の沈黙」で、ジェインズは、こういうことを語っている。
「右脳がかつては神の声を語っていた。ところが三千年前にその右脳が沈黙してしまった。神々の沈黙と同時に人間の意識が発生した」。意識が、三千年前というほんの僅か前に(脳の器質的変化を伴わずに)できあがってきたという考え方だ。

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

三浦雅士は、白川静が解読した中国史の切断点ーもともと呪術的な起源を持っていた漢字が、その呪術的意味をはぎとられ、きわめて合理的な起源が案出されてそれで説明されるようになる(やはり三千年前)と、ジェインズが提出した「二分心」理論による意識の発生の平行関係から、人間の精神の深部へもぐっていこうとする。その相手をするのが精神分析の巨匠・岸田秀なので、かなり刺激的な対談となった。

岸田秀の見立てによれば、ジェインズが言っていることは格別独創的なわけでなく、「超自我、自我、エス」というフロイトの理論(あるいはそれを補強した岸田「唯幻論」)と同じことを言っているらしい。

「唯幻論」とは、こういうものらしい。
「本能が壊れたから世界が混乱して、世界との隔絶ができたことによって世界が不可解になったので、わけがわからなく何だか恐ろしい世界を理解可能にし、人間になじみがあるものにするために、世界の事物や現象を分節化してそのそれぞれに名前をつけ、世界を構造化することが必要になった。そのために発明されたのが言語である。つまり、本能が壊れたことによって言語が生まれた(同時に自己意識が生まれた)」

三浦雅士の発言で興味を惹かれたのはこのくだりだ。
「三千年前に意識が突然発生したというのはキャッチフレーズのようなものですが、すごく説得力があって腑に落ちる。−象徴的に三千年前であれば三千年前でいいわけですが、そこで詐術があったんだ、その詐術は形而上学というかたちで今も続いているので、そのからくりを解くには繊細な技術を要する」

クリストフ・コッホは「神々の沈黙」を「興味深い読み物に過ぎない(実体はない)」といって切り捨てていたが、「三千年前に意識が突然発生した」というのは作業仮説としては魅力的だと思う。意識の科学・哲学は脳科学のデータの迫力に引きずられて、ますます百花斉放の状態だ。野次馬的にはまことに面白い。