エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

新世界より

とうとう日本国内での新型インフルエンザの流行がはじまったようだ。大阪の高校出の流行を水際で止めたと思ったら、神戸高校で火がつき、次は大阪・茨木。関西は意外に狭いし、鉄道が四通八通して人の行き来も多いので、大阪、神戸ではやり始めたら、ここ京都に来るのも時間の問題だろう。とりあえずは家族全員で、手洗いうがいを励行することにする。

神戸での流行で、神戸大もしばらく休校になるらしい。実は、医学部のS先生に頼まれて、1ヶ月後に一コマのイメージングの講義を英語でやることになっているのだが、どうなるのか心配だ。講義資料は今までのを切り貼りすればいいのでたいしたことはないが、英語で講義するには結構時間を使って準備する必要がある。その準備をした後で、休校で集中講義が流れてしまったら「がくっ」と来そうである。が、現時点では1ヶ月後がどうなっているかは誰にもわからないしなあ。

貴志祐介の「新世界より」を読む。

新世界より (上)

新世界より (上)

ホラー小説はまず読まない。読んでいるうちは面白くて読み進めるが、読後感が悪いことが多いのでつい億劫になってしまう。あの名作「リング」でさえ再読する気が起きないタイプの人間である。

にもかかわらず「新世界より」に手を出してしまったのは、「情報考学」での紹介がとても魅力的だったからだ。そして、期待どおりの面白さで、1000ページを一気に読んでしまった。

舞台は2200年ころの日本(霞ヶ浦周辺)の人口5万の町。21世紀に入るとともに、人類の1%以下だが、念動力を使いこなせるようになったという設定。一人で何百万人を殺戮できる状況になり、万人が万人の敵となる状況を経て、日本は7つの街に数十万人が住むだけという状態になっている。その街では、全員が念動力を使えるが、それが暴走して、悪鬼(超シリアルキラー)や業魔(無意識に念動力を放射して、周囲をすべてゆがめてしまう)の出現を抑えることを第一義として暮らしている。

そこで生まれ育った5人の少年少女が主人公だ。そしてバケネズミという、人類の僕と位置づけられる突然変異させられた社会性動物が副主人公として活躍する。

話が折れ曲がるのは、限定した知識しか与えられていなかった主人公たちが、筑波山のふもとで、動物に偽装していた国会図書館を捕獲して、隠されていた超能力人類の血みどろの歴史を知ってからだ。

「じゃあ、本はどこにあるわけ?」
「紙媒体に印字されたインターフェイスは、すでにほとんどが酸化して朽ち果てたか、戦乱および破壊行為によって焼尽されたために、現在、存在は確認されていません」
「よくわからないけど、要するに、本はないってこと?だったら、あんたは、空っぽの図書館なの?」
「すべての情報は、アーカイブに搭載されている、容量890PBのホログラフィック記憶デバイスに収められています」

ミノシロという動物に偽装した国会図書館の話は続く。
「しかし、それでもなお不十分だということがわかってきました。コンピューターによるシミュレーションでは、これまでに述べた措置をすべて講じた社会であっても、十年以内には、すべてが崩壊するという衝撃的な結果が出たのです。原因は明らかでした。PK後の社会では、社会の構成員全員が核ミサイルのボタンを所有しているのと同じことであり、たった一人の暴走によって、社会全体が崩壊に導かれうるからです」
「人間の行動は、教育や心理学、不良品を選別する生産工学の手法で、かなりの程度までコントロールが可能ですし、人間を一個の霊長類とみなした動物行動学の応用によって、さらに安全性を高めることができます。しかし、社会というダムを本当に守ろうとすれば、蟻の一穴も許すことはできません。そのための最終的な解決方法は、ヒトという生き物を社会性を持った哺乳類にすぎないと捉えなおすことで、もたらされました」

これで4分の1。そしてここから冒険とジェットコースター的な殺戮へとなだれ込む。そして、最後に意表をつく結末が用意されている。まずは読み物としてほぼ完璧な出来。とにかく読ませる。