エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

物理学者、ウォール街を往く

昨日は、下の子を連れて研究室でのバーベキューに出かけた。研究室が世話役をしている「がん若手の会」の今年の参加者のコネで高級山形牛5kgがどんと手に入ったので、季節外れの外での宴会となった。肉ばかり食べても飽きないほどおいしかった。満足。

エマニュエル・ダーマンの「物理学者、ウォール街を往く」を読んだ。現代は"My Life as a Quant"。

物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進

物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進

著者は南アフリカからコロンビア大学の物理学科大学院に入り、素粒子物理で学位をとり、3ヶ所でポスドクをした後、AT&Tベル研を経て、QUANT(金融畑で働く元物理学者)となる。現在はコロンビア大学金融工学プログラムのディレクター。

前半の大学院生活、ポスドク生活は身につまされた。私も湯川・朝永にあこがれて物理学を志し、その後→生物物理→分子生物学とシフトを繰り返してきたし、途中で家族持ちでのポスドクも経験したので、いくつかの場面での苦さは自分のものでもある。

物理学から離れ、ベル研のビジネス解析部門に移った時の描写は例えばこうだ。
「最初の何週間か、私はターンパイクの下り車線を走りながら、自分の惨めさを深夜のウィスキーのようにゆっくり味わっていた。少しずつゆっくりとすすり、苦境の味を楽しみ、将来の希望を何とか探し出そうとした」

また。本書の最後のあたりに書かれている、QUANTとして十分な実績をあげた著者の金融工学についてのコメントが興味深い。
「物理学では、法則の美しさや洗練度、またそこにいたる直感は、時に人の心をつかんで離さないもので、そこから自然に出発して現象へと進む。しかし金融は、自然科学というよりは社会科学の世界であり、美しい理論はほとんどなく、人々を魅了する法則は事実上存在しない。金融の世界では、選択の余地はなく、現象学的アプローチを取らざるを得ない」
「金融の世界においては、大統一理論の発見はまったく不可能なのである。これはコンピュータの計算能力の問題なのではなく、コンピュータの計算能力が無限に近いものであったとしても不可能なのである。問題は、それほど深いのである」
「モデルと正しく付き合っていくためには、小説の読者か、偉大な見せかけ師のように、モデルに対する不信感を一時的に押さえ、モデルを可能な限り突き詰めることである」