エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

ダーウィンのジレンマを解く

マーク・カーシュナーとジョン・ゲルハルトの「ダーウィンのジレンマを解く」を読む。

ダーウィンのジレンマを解く―新規性の進化発生理論

ダーウィンのジレンマを解く―新規性の進化発生理論

ダーウィンの進化理論は突然変異・自然選択・遺伝の3つの柱からなる。あとの2つは100年前には確立していたが、突然変異、特に「新規の変異がどのようにして生じるか(例えば眼など)」という問題は進化論の弱点で、正直なところ、生物学者は、この点については不完全で間に合わせの答えしかもっていないことを認めるしかなかった。

この本では、この20年ほどの分子細胞生物学と発生生物学の快進撃を材料として、いくつものエポックメーキングな仕事(例えば微小管のdynamic stabilityの発見)で高名なカーシュナー教授とその師だったゲルハルト教授がその「新規性の問題」への解答を提出している。

それが「促進的変異理論」である。
保存されたコア・プロセスにもとづく探索的でロバストな適応が、塩基配列の変異による致死性を著しく引き下げ、遺伝的変異の蓄積を許容するとともに、表現型の変化を伴う進化の可能性を著しく高めるという内容である。

「進化可能性(生物の進化する能力)は実在する現象だと筆者らは信じている。促進的変異理論は、進化可能性の変異面を説明していると思う。その説明の要は、限られた数の保存されたプロセスを新たな組み合わせで使うことや、保存されていない調節要素の遺伝的調整によってこれらのプロセスの適応範囲に含まれる別の部分を利用することだ」

特にこういう部分は、最初に読んだ時は「獲得形質の遺伝か?」と思ったけれども、ワニの性転換や、ヒマラヤ山脈を飛び越える高地適応した鳥の例を読み進めると腑に落ちてきて、目の付け所がさすがだと思った。
「体細胞適応は、新たな変異が生じるためのもとになりうること、そして、それはあらかじめ準備されていることを述べてきた。適応範囲内のそれまでとは異なった状態が遺伝的変化によって安定化されれば良いからだ」

訳文が硬いのが少しつらいが、進化に興味を持っている人には良書である。評価は4つ星。