エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

モントレーから帰る

カリフォルニア・モントレーで開かれたISDN2008(国際神経発生学会)に参加してきた。太平洋岸に広がったコテージ群に囲まれた会議場に缶詰状態の4日間だった。参加者は300人ほどなので、適度にいろいろな人と話ができて4日間快適に過ごせた。

神経発生と銘打っているが、実際には神経科学のほぼ半分の領域をカバーする感じだった。ひとわたり最新の情報に触れて、自分の立ち位置が見えてくる効果があった。神経再生や神経幹細胞といったこれからお金のとれそうなテーマに研究者がシフトしているし、一方で90年代後半から10年間にわたって神経発生の分野をリードしてきた軸索ガイダンスの分野はあまり人気がない。この辺は畑を同じくするM先生と感想が一致した。また、神経回路関連の研究は着々と前へ進んでいるというのが実感される。ただまあbig surpriseはなかったかも。こねたはたくさん拾えたし、全体の勉強は良くできた、という感じ。自分の立ち位置が見えてきたという意味では、今の私にはちょうどいい機会だった。

3食を共にするので、いろいろな人と結構たくさん話した。シグナル伝達の異才であるJohn Cooperとは、以前研究室で講演をしてもらった時に一緒に食事をしたことがあったが、顔を全く忘れていて、向こうが「何だか一度会ったことがあるよね」と言って隣にすわってきた。しばらく話をしているうちに、「これは絶対にただものではない。詳しすぎる」と思って、名前を聞き直したらJohn Cooperとわかってびっくりした。こんな有名人なのにポスターを出して自分でしっかり受け答えをするのが、いかにもアメリカ流である。organizerのWilliam Mobleyは神経栄養因子の分野で有名な仕事をいくつもしてきた大物で、今回もしっかりmeetingを仕切っていたが、たまたま隣の席にすわったので、いろいろ話ができた。今やろうとしている仕事を少し話をしたら、「それはいい、共同研究でやろうぜ」というのりで、関連論文を送ってくれと名刺を渡された。という感じで、時差ぼけで2,3時間しか眠れていないのに、アドレナリンを出し続けて乗り切ったせいで、昨日9時過ぎに家に着いたらどっと疲れがでた。

空港の待ち時間もあるし、活字中毒で本が切れるとつらいので4冊本を持っていく。

ハイドゥナン (上) (ハヤカワSFシリーズ・コレクション)

ハイドゥナン (上) (ハヤカワSFシリーズ・コレクション)

ハイドゥナン (下) (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

ハイドゥナン (下) (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

サンフランシスコの空港での乗換えが4時間近くあったので、一気読みした。「日本沈没」ののりで琉球諸島に沈没の危機が迫り、マッドサイエンティストを任ずる6人の科学者が生態系とコミュニケートすることで噴火・沈没を食い止めるべく活躍するという筋書き。一方で与那国島の巫女の後間柚と、共感覚者の伊波岳志は神の声を聞いて大地の怒りを鎮めようとする。

傑作だと思った。石の声を聞くために量子コンピュータを使うとか、木星の衛星であるエウロパでの生命探索の話とか、いろいろな複線を絡めながら、最後のクライマックスにもっていく腕力といい、久しぶりにSFの世界を堪能した。

ケヴィン・バザーナの「グレン・グールド神秘の探訪」

グレン・グールド―神秘の探訪

グレン・グールド―神秘の探訪

本書はグレン・グールドの伝記の決定版となるだろう。グレン・グールドの特異な生き方に1920年代のトロントの状況が色濃く影を落としている事、あの音楽からしても独学者に違いないと思われてきたし、自らそう語ってもいたグールドに、アルゼンチン生まれのアルベルト・ゲレーロという恩師がいたことなどは、本書ではじめて明かされたのではないか。グールドの特異な音楽の成り立ちと変遷を深く掘り下げているこの本は500ページを超える長さもあって、グールドという人間の人生の中に深くもぐりこむ時間を与えてくれた。