エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

数学する遺伝子

欧米の報道では福島原発はmeltdownしたという伝えられ方をしていたが、今日の午後のニュースは東電もそれを認めたという意味なのだろうか。学術会議の物理学部会からのお知らせなども来ているが、歯がゆい話だと思う。


キース・デブリンの「数学する遺伝子」を読む。

数学する遺伝子―あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ

数学する遺伝子―あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ


ここでいう数学は計算のことではない、抽象的な数学のことだ。そこでこういう話が出てくる。

「このような多様性を踏まえて、今日の数学者は「数学とは何か」という問いに、どのように答えるだろうか。もっとも一般的なのは、数学とはパターンの科学であるという答だ」
「数学はこのような抽象的なパターンを研究するので、一見するとまったく違う二つの現象に類似性を見出すことをしばしば可能にする。したがって数学は、普通は見えないものを見えるようにする概念上の眼鏡―医師が使うX線装置や、兵士の暗視ゴーグルに相当する設備とみなすことができる。数学があると、見えないものを見えるものにできる」

ここでいうパターンは画像認識のことではなく、抽象的なパターンをさす。そういう意味では、「コンピュータが仕事を奪う」で主張されていた「コンピュータで代替できない人間らしい能力とは抽象化だ」という話と通底している。
http://d.hatena.ne.jp/tnakamr/20110206/1296993680


「私にとって新しい数学を学ぶのは、心の中で新しい家を建てることに似ている。新しい数学を理解することは、心の家の内部に詳しくなることに似ている。数学の問題に取り組むのは、家具を配置することに似ている。そして数学を考えるのは、その家に住んでいることに似ている。私は数学者として、頭の中に象徴の世界を創出し、それからその世界に入っていく」
「数学者は、数学の問題を解くことに着手したり、あるいは数学の研究をするとき、まず頭の中に「家」を作る。すなわち、関連する数学を理解して、それを心の最前線にもってくる。数学者はみなまちがいなくそうだと思うが、これにはかなりの集中力がいるので、外の世界を完全にシャットアウトしなくてはならない」

このあたりの数学者の感覚ははじめて聞く話だが、感じは分かる気がする。


そして「数学する遺伝子」とは筆者によればこうなる。

「私の見解では、言語進化についての標準的な説明は間違っている。言語は一義的には、コミュニケーションを促進するために進化したのではない。それはほとんど偶然に、祖先が自分のいる世界をー物理的環境と複雑さを増す社会的環境の両方をーより豊かに理解する能力を獲得した副産物として生じたのである。その鍵となった発達について、これから論じるわけだが、ここではそれを「オフライン思考」と呼ぶ」
「一部の人に数学をすることを可能にしている決定的な人間の能力とは何か、私たちはどのようにして(そしてなぜ)数学が登場するずっと以前にその能力を獲得したのかという問いの答えを、私達はもう手にしていると私は思う。つまり私たちは「数学の遺伝子」を突き止めた。数学者が数学をすることができる秘密を発見したー数学者とは、数学がドラマに相当する人たちなのである」
「数学をすることを可能にする脳の特性は、私達が世界とそこに住む人たちを理解することを可能にしている脳の特性と同じだからだ。世界を分類するのに使う幅広いタイプのレパートリーと、オフライン思考が可能になったときに人間の脳が獲得した統語構造がそれである」

論理と言語と抽象化の関係についてはいろいろな見方ができるので(哲学に入り込んでも入り込まなくても)、この話はいろいろな受け止め方が可能だが、もうひとつしっくりこないところがあるので他の本を読みながら考えている。