エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

比叡山の霧

今日は処暑だそうだが、確かにここ数日はクーラーを使わずに眠れる程度に温度が下がってきた。雲もちぎれ雲だ。今日の雨でも比叡山から大文字山にかけて霧が立ち込めていたが、そういうことにも秋を感じる。

池内了の「物理学と神」を読む。

物理学と神 (集英社新書)

物理学と神 (集英社新書)

物理学の歴史をたどりながら、それぞれの時代で物理学者が神の名を使って何を表現しようとしたかを提示しようと試みた本だ。

創見を求めて読むと肩透かしをくらうが、確かにある角度からの物理学史を表現していて、なかなか面白かった。

「ゼノンの「アキレスと亀」のパラドクスの要点は、まず有限を無限個の部分に分割したことによって無限回の操作が必要になり、それには無限の時間がかかると錯覚させたことにある」
これは要領のいい説明だ。確かにそう考えるとこのパラドクスの肝が腑に落ちる。

「時間も空間も物質もない状態、つまり「無」って何だろう。何もなしの状態から、「何か」を作り出すことができるのだろうか。それも、神の助けを得ないで。
 それを考えるヒント(トリックというべきかも知れない)は、私たちが知っている(使っている)かたちでも時間や空間や物質は存在しない状態を「無」とすることである。私たちが通常取り扱う状態としては、それらは存在しないのだが、異なった状態として存在していてもよしとするのだ」

デカルト流に言えば、「目的因ではなく、既成因を調べる」のが正統派の近代科学のなすべき仕事であったからだ。物質や定数は与えられたものとして、その運動や反応の法則を明らかにすること、それが自然に書かれた神の意図を読みとる科学者の仕事なのだ。「なぜ、このようにあるのか」と問いかけると、アリストテレス的本性論に陥るか、神の意志論に追い込まれてしまう」

「より基本的な要素は、普遍的であり、堅固で変化しないのに対し、対称性が破れた後の構造は、特殊であり、柔軟で変化しやすい。「進化」とは、簡明で堅固な基本ブロックから多様で頼りない構造へ移り変わることであり、より対称性が低い状態へ遷移することに他ならない」