エヌ氏の成長・円錐

小胞輸送研究をはじめて18年めの分子神経科学者の日々雑感

死生観を問いなおす

宮崎哲弥推薦の広井良典「死生観を問いなおす」を読む。

死生観を問いなおす (ちくま新書)

死生観を問いなおす (ちくま新書)

時間についての考察を導きの糸として、基本的な部分から死生観を考察した本。特に、キリスト教仏教の構造について分析して、永遠についての両者の見方に違いと共通の土台を見いだしている。

仏教についての見方はまずは教科書的で、「世間を輪廻転生の場としてとらえ、そこから解脱して永遠に至る」というものだが、浄土真宗キリスト教に近接した仏教だという点を何箇所かで強調している。そういう風に考えたことはなかった。

「死生観というものの核心にあるのは、実は「時間」というものをどう理解するか、というテーマではないのか」
「私たちがいま生きているこの宇宙、つまり誕生と同時に「時間」そのものもうまれたというこの宇宙は、それ自体はいわば「時間のない世界(無・時間性)」の中にぽっかりと浮かんでいる島のようなものではないか」

「宗教というものの核心にあるものを筆者なりに追ってみると、それは次の二つの本質的な点に行き着くように思われる。これらは、いずれも「時間」ということと深く結びついている。
(a)「永遠」の位置づけ − 「死」の意味への問い
(b)存在の負価性 − 世界の不条理性や「苦悩の正常性」」

「宗教が、より普遍的な意味をもつものへと転換するのは、こうした「幸福の神義論」を、むしろ根本から逆転させるような論理を宗教が見出したときにおいてである。それがウェーバーのいう「苦難の神義論」に他ならない」

「「苦」に満ち、また(その苦さえも含めて)実のところ仮構に過ぎない現世=現象世界。その連続としての輪廻転生と、そこからの離脱と開放。そこで到達する世界の真相あるいは永遠の生命(宇宙の根源との一体化)。−このような構図が、仏教の基本的なモチーフとなっている」
禅宗はどうなのだろう。井筒俊彦の本で飲み込めた禅の構造は少しこれとは距離があるような気がする。

「人が何らかの意味でこの世界に対して深い疑問や「負」の意識をもったとき、それは典型的にはふたつの形態をとる。それは、時間観ということに即してみれば、「直線的な時間」(キリスト教の場合)及び円環的な時間」(仏教の場合)ということをそれぞれ出発点としながら、そうした時間から何らかのかたちで越え出て行くことが目指される、ということである。
しかも、その場合の「時間を越え出て行くこと」とはすなわち「超・時間性」ということであり、これは「永遠」ということと重なってくる。つまり、この世界ー私たちが「時間」の中を生きている世界ーの不定性から出発して、それを何らかのかたちで超え出て行き、「永遠」へと至る、というこおtが、これら宗教の共通したモチーフとなっている。これは、他でもなく、先に宗教の二つの特質の第一として指摘した「永遠への志向」ということそのもである。「存在の負価性」と「永遠への志向」という二つのことは、このように直接に連動している」

キリスト教仏教の根底にある相違とは何か。それは、両者とも、「存在の負価性」というところから出発しながら、
キリスト教 − 現象世界を「超越」の方向につきぬける(超越的な支店からの世界の把握)
仏教 − 現象世界を「内在」の方向につきぬける(宇宙的生命との一体化)
という、異なったベクトルに向かうものである、ということができると思われる」
仏教が志向するのは、いわば”時間が生まれる以前の世界”であり、キリスト教が志向しているのは、”時間を前提としつつ、それを超え出た世界”である、という対比ができると思われる」

「「死後の世界がある」という発想も、逆に「死とは端的な無である」という考えも実は同じ土俵を共有しているのだ。同じ土俵とは、「時間とは直線的なものであり、そうした時間は宇宙や世界をはなれて独立に存在する」という、時間についての理解である。そのような直線的な時間の観念を前提にしたうえで、一方は「死後の世界」が「ある」といい、他方の側は「ない」といっているにすぎない。
しかし私たちは本書の中でこうした時間についての観念が支持しがたいものであることをみてきた。しかも、いま問題にしている「永遠」とは、あるいは「死」とは、そうした「時間」そのものが損z内市内世界のことなのである。だから私たちがとるべき立場は、「死後の世界がある」という考えでも、その反対の「死とは端的な無である」という考えでもないことになる」
そうした議論から、筆者は以下の結論に至る。

「死とは(ないし永遠とは)、有でもなく無でもない何ものかである」

死生観をたどりやすい議論で深めているという点ではいい本だが、(新書という性格もあるのだろうが)punch lineはなかった。評価は星4つ。